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切目王子物語 紙芝居のYouTube公開について

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切目王子物語とは?

 この物語は、文安三年(一四四六)伏見の宮貞成親王が書き写したものです。上・中・下巻からなるものの、現在は下巻のみ宮内庁に残されています。
 原本は、平安時代末期か鎌倉時代に書かれたとみられ、鎌倉時代の熊野曼荼羅には、片足を切られ杖をついた切目王子が描かれています。
 王子とは、「護法神」という神様のことで、切目王子物語は、片足になってしまった神様のお話です。紙芝居を通して切目王子の歴史の一端を知ってもらえたらと思います。
・絵文 太田 絢子  ・制作発行 ふるさとの歴史を学ぶ会(うらしま会)

※動画が見れない方はこちらのリンクよりご覧ください。⇒「切目王子物語 紙芝居(別ウインドウで開く)

切目王子神社とは?

 切目王子神社は、印南町大字西ノ地にある神社で、通称「五体王子」と呼ばれています。この名称は、神像が五体あることから名付けられており、熊野九十九王子のうち、藤白・稲葉根・滝尻・発心門王子などとともに、特に格式のある王子社とされています。

 切目王子神社の歴史は古く、幾多の文献に名前が出てきます。 中でも、正治二年(一二〇〇)後鳥羽上皇が熊野御幸の途中、切目王子でもようされた御歌の会(この時の歌の書かれた懐紙は切目懐紙と言われ、西本願寺に所蔵され国宝となっています。)、平清盛が熊野詣の途中、当社において源頼朝が兵を挙げたことを聞き急ぎ京へ引き返したと書かれている平治物語が特に有名です。

 社伝によれば、切目王子神社は、大和時代(古墳時代)現在社殿の東北の地「太鼓屋敷」にあり、地神五代を創立し、五体王子宮と称していたそうです。しかし、天正十三年(一五八五)豊臣氏の紀州征伐の兵火にあい、文禄元年(一五九二)現在の地に移転再建されました。移転後も歴代の紀州藩主や田辺藩主が度々参拝され、明治以降は村社切目神社となり、昭和三十四年に和歌山県指定文化財(史跡)に指定され、現在に至っています。

切目神社の風景

切目神社外観

切目神社本殿

切目神社境内風景

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